住環境医学研究会

Japanese Society of Indoor Environment and Health

 医学部会

 

2005年4月16日

シックハウス症候群をめぐる医学界の経緯と最前線の報告

 
 2003年7月に建築基準法が改正(シックハウス対策法案)されて、1年後の検証やシックハウス対策の総括がとくに建築分野で活発におこなわれている。最近(2004年11月)に大阪府近辺の皮膚科医にシックハウス症候群の実態調査を実施したところ、60%の皮膚科医がシックハウス症候群の相談を受けていることが分かった。それにもかかわらず医療界の受け入れ体制はまだまだ希薄といわざるをえない。シックハウス症候群にかかわって6年あまりの総括と最前線の現状を考察してみた。


住環境医学会研究会副会長
大阪皮膚科医会副会長医師 笹川征雄

 
医学界の認識と患者受け入れ態勢
 
 1998年当時、皮膚科学教本では「環境と皮膚疾患」という項目はなかったが、医学界全体としても、環境医学に関心を寄せる研究者以外は、シックハウス症候群に対する認識はほとんどなかったといえる。2000年頃よりマスメデイアを通して盛んに情報が流され、潜在患者、思いこみ患者などが医療機関を受診する機会が急速に増え、医療機関側も関心を持たざるを得ない状況になってきた。しかし、本症の学術情報(基礎知識、診断方法)が皆無に近い状態であったことが医療機関の受け入れ態勢を遅らせる一因となっていたが、2003年日本医師会雑誌に筆者の「シックハウス症候群の基礎と診断」が掲載され、やっと日本全国の医師に本疾患の医学情報が提供された。皮膚科学会では、最新皮膚科学大系「環境因子による皮膚障害」で筆者のシックハウス症候群が掲載された。しかし、患者数の増加に見合った医療機関の受け入れ態勢は、現時点でも極めて手薄といわざるを得ない。そのような状況でシックハウス症候群患者、化学物質過敏症患者、思い込み患者、ノイローゼ患者は、受け入れ医療機関を求めて日本全国をさまよっているのが実態である。


シックハウス症候群の定義・診断基準をめぐる問題と建築業界

 本症の定義や診断基準については、現在、広くコンセンサスを得られたものはなく複数の考え方(試案)があるが、筆者は2001年度にシックハウス症候群の定義と診断基準(笹川2001)を発表した。
 本症の定義や診断基準は病気の診断だけでなく、シックハウスの原因を追求する建築学的な技術手段や、原因を特定する範囲を決めるために必要であり、さらにはシックハウス対策リフオームなど建築学的な対応を含めた治療全般に影響する。また診断は、最近増加している訴訟の医学的証拠や裁判の根拠となる。建築業界関係者は救済者であると同時に被告となる立場にあることを認識すべきである。
 これまで我が国の本症の疾患概念は「建築物に起因する揮発性有機化合物(以下、VOC)」による健康障害」と理解されるが、筆者は、VOCのみならず、粒子状物質、その他のガス成分、ラドン、換気要因までを含めている。この考えは欧米やWHOのシックビル症候群の疾患概念に沿ったものである。
 2004年に厚労省から公表された室内空気質健康影響研究会報告書では、VOC以外に、粒子状物質、温度、湿度及び気流等の温熱環境因子、照度、騒音及び振動等の様々な物理的環境因子、精神的ストレスなどが発症増悪因子となり得ることを述べており、欧米、WHO、筆者の考えに沿ったものに変わってきた。


シックハウス症候群の診断基準をめぐる問題点  診断基準(笹川2001)

 筆者の診断基準のポイントは(U)建築物・在室と症状の相関性の確認で、原因となる家・室内から離れると症状が消失・軽減することである。これは、WHO、EPA(米国環境保護局)のシックビル症候群の診断基準でも同じ考えである。  
 他方、化学物質過敏症は原因となる室内から離れても、屋外の大気汚染物質に反応して症状が治まらないことが鑑別点である。また、空気汚染だけでなく、飲料水、食物などのあらゆる化学物質に反応して、化学物質がゼロに近くならないと症状が治まらないようである。2004年環境省の「化学物質過敏症に関する調査研究」では、「低濃度ホルムアルデヒド暴露と化学物質過敏症発症に関連性を認めず」という結果が公表された。化学物質過敏症の鑑別疾患は幾つかあるが、とくに神経症との鑑別が極めて困難である。


北里研究所病院臨床環境センターの診断基準

 北里研究所病院臨床環境センターの「シックハウス症候群・化学物質過敏症診断基準」は、化学物質過敏症、多種化学物質過敏症(MCS)の概念と、従来のシックハウス症候群の概念とが統合されたものである。両疾患の鑑別は、化学物質濃度がガイドラインを上回る場合にはシックハウス症候群、低値の場合は化学物質過敏症を疑うとしている。また、諸種生体検査が診断に有用としている。これらの所見が新築家屋・改装後家屋に関連して明らかに発症した場合を、シックハウス症候群とするとしている。しかし、各生体検査はMCSを診断する特異性に欠けると考えられている。また、ホルムアルデヒドは残留性が高いことで知られているが、築15年経ってもガイドラインを上回る家屋が相当数あったことから、シックハウス症候群は新築病という知見は通用しなくなった。これまで我が国及び世界的にも、シックハウス症候群と化学物質過敏症は異なる疾患概念と解釈されており、異なる両疾患の診断を、同一の診断基準内に置くことには論議があると思われる。

化学物質過敏症・MCSの疾患概念の学術的認知

 医学界、建築業界にとって最大の直面する問題は化学物質過敏症である。化学物質過敏症、MCSの疾患概念は、一般的には「発症メカニズムをはじめ、科学的には未解明な点が多い。」、「いまだに十分に検証されているとはいえず、共通の科学的認識には到達していない。」、「化学物質過敏症は科学的不確実性が大きいが患者数が多いことから、予防原則の観点から取り組まれている。」というのが世界的に共通した認識である。また、化学物質過敏症患者は、臭気嫌悪症、化学物質臭気過敏症(笹川)の傾向があるようで、建築材料を選ぶ基準に「臭い」を考慮する必要がある。建築業界として、室内VOC濃度がガイドラインを大きく下回っても発症するということの意味と影響を真摯に受け止める必要がある。

シックハウス症候群の最前線現場で起こっていること


(1)診断書発行と訴訟への関与の増加
 本症の診断書を発行する機会が年々増加している。診断書の使途は、休職、労災申請などもあるが、最も多いのは建築業者や製造業者を訴える目的である。

(2)シックハウス症候群や化学物質過敏症の思い込み・ノイローゼ患者の急増
 テレビ・新聞報道、インターネットによる情報が大量に流され、マスメデイアの視聴率至上主義により、恐怖を煽り誇張された情報が流されている。最近の注視すべき傾向は、化学物質過敏症と訴える人が急増していることである。
 不安になった人達が医療機関を受診するが、医療機関の方では正確な医学情報(診断・測定・建築)がなく困惑し、あるいは化学物質過敏症と混同し、各科で対症療法がおこなわれているに過ぎない。かくして不安を解消されない人達は、受け入れ医療機関を探し求め、さまよっている。診断には室内VOC測定が必須であるが、ほとんどの患者は実施されていない。医師による測定情報の提供がないからである。

(3)シックスクール症候群の増加
 シックスクール症候群は本来シックハウス症候群の学校版を指すが、世間では化学物質過敏症の子供たちの問題も含めており、混乱の一因となっている。2002年文部科学省の「学校環境衛生の基準」が改定され全国各地で測定が実施されているが、ホルムアルデヒドがガイドラインを上回る学校が6割以上という地域が多発している。

(4)シックハウス症候群の診断にはVOC測定が必須
 本症とVOCに関する知見が増え、ホルムアルデヒドの測定だけでは正確な診断ができないようになってきた。また、診断が訴訟と絡む事例が多いことから、裁判を視野に入れた測定が求められるようになり、さらに因果関係を推定するには、ホルムアルデヒドだけでなくVOC測定が必須となってきた。

(5)問題解決には、医学、建築、化学の連携が必須
 最近問題になった事例の共通点は、医学、建築、化学の連携ができていなかったことである。

文献
笹川征雄、松繁寿和他;2000年シックハウス症候群全国実態調査報告集,NPOシックハウスを考える会 .2001
笹川征雄.シックハウス症候群の基礎と診断.日本医師会雑誌2003;129:1281-5
笹川征雄.シックハウス症候群.最新皮膚科学大系.中山書店.2003;Vol16:344-348

 

 

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